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田原俊彦さん

田原俊彦55歳。

シングルCDが4作連続トップ30位入りだとか。
ジャニーズ事務所独立以来22年ぶりのこと。
記事はこちら。
いまでも2時間踊って歌うという55歳です。

これは、ある意味、可能性を表していますね。
まだまだ踊れるという可能性。
もうひとつは、根強いファンの存在。


コンサート会場を埋めるファンの存在が、彼を支えている。
新曲発表会では、全国各地を回り、握手会もする。
「事務所」独立、というのは、そういうことですね。

逆境に負けず、頑張ってきたからこそ、今がある。
昔は特に好きでもなく、興味もありませんでしたが、今
は遠くからではありますが、応援したい気持ちです。

「事務所」の「長男」として大切にされているマッチとは
対照的なトシちゃん。

それぞれが選んだ道ですから、どちらがどうというもの
ではありませんが、田原俊彦さんがステージに立ち続ける
姿が長く見られますようにと願っています。

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20周年!!

TOKIOに続き、V6も20周年!

いずれ KinKi Kids も20周年を迎えますね・・・・・。

SP版「学校ヘ行こう」を少しだけ見ました。

いまや俳優として磐石のポジションにある岡田くんが、
やはりV6に戻ると、カミセンの一人、という感じになる
のがグループの歴史でしょうか。

「日本史」 の授業に挑んだ岡田くんでしたが、
教室の高校生の反応が面白かったです。

「図書館戦争」で筋肉をつけたのでしょうか、ちょっと
がっちりした(太ったのではないと思います)岡田くん
でしたね。


ヒゲの森田くんにも、びっくりでした。

最近は舞台人のイメージが定着してきたようで
それはそれで、めでたいことだと思います。

森田くんが役者を目指していたとは思わず、昔を
思い出すと時間の経過というのはすごいなあと
思います。

20年の年月の長さと重さがありますね。

若かったカミセンが、それぞれにオトナになった
のと対照的に、トニセンは変わらない、という印象。

当時すでにオトナだった、ということでしょうが、
「おじさん」になったわけではなく、若々しいです。

この6人が揃ってこその「V6」だなあと改めて思いました。

TOKIOもそうですが、20年を共に過ごしてきたグループ
の、なんともいえない空気感というのがありますね。

5人、6人のメンバーだからこその「密すぎない」関係
がいいのだろうなあ、とつくづく思います。

また、年長のリーダーの存在。
貴重です。


V6ファンの友人が幸せそうで、コンサートが楽しいと
いつも聞かされます。

一度行って見たいと思いながら、まだ実現できていません。
いつか行ってみたいです!

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オートレーサー「森且行」

SMAPから森くんが脱退したのは1996年でした。

その時の会見の様子です。

この時、会見に同席(座ってはいませんが)したのは
中居くんひとりだけ。
年齢的に最後のチャンスであった試験を受けて、見事
に合格。
「オートレーサー」の道を選んだのです。

事務所(メリーさん?)は激怒してSMAPのメンバーに
会見に出るなと言ったそうですが、中居くんだけは反対を
押し切って出席。

実際明るく盛り上げていますね。


あれから20年が過ぎようとしています。

当時SMAPでは森くんが好きだった私は、森くんの
脱退後はSMAPをあまり見なくなりました。
その後、森くんは怪我があったり「元アイドル」ということでの
苦労もあったでしょうが、デビュー戦で1位、新人王にも
なりました。

現在はオートレーサーの最上位のクラスで頑張っています。
かつての森くんファンは、みんなずっと見守っていたでしょう。



ジャニーズジュニアのままで、去って行った人たちもたくさん
います。
たとえば、ドラマで人気があったジュニアがいました。
彼は大学入学後事務所をやめました。
今はもう30代後半でしょうが、
ひとりの社会人として堅実に生きていると思います。


事務所に、芸能界に残ることだけが幸せではない。
ただ、ファンは短い間でも大好きだった人のことは忘れ
ません。記憶の中にいつまでも残って、その人が幸せ
であるように祈っています。
そういうファンの存在を知って欲しいと思いますし、
そういうファンのためにも、幸せな人生を歩いて欲しい
と思います。

最近では”MA”の町田さんが事務所を去りました。
一時は「もう人前には出ない」と言っていましたが、
また舞台に立つことになりましたね。
認められ、求められているのですから、これから
頑張って欲しいと思っています。

結局、何が幸せなのかは最後まで分からないのです。
後悔のないように、生きていくしかない。
・・・・・しかし、
中居くんは素敵なリーダーですね。

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「アイドル」の定義

先日、NHKの「Songs」を見ていて感じたことなど。

デビュー曲「硝子の少年」
11曲目のシングル「ボクの背中には羽根がある」
ともに松本隆作詞。


私はこの期間、デビューの1997年から、2001年初頭
までが、「アイドル」KinKi Kids の時代だったと思っています。

昔からデビュー曲が最も売れて、以後それを超えることが
できなかったのがKinKiの不幸だった、と思っていたのですが、
それは間違いだったようです。

今、ジャニーズでは、、デビューしたグループは
長~く頑張っています。しかしながら、
SMAP,も、嵐も、デビュー曲から売れたわけではありません。

光GENJIが爆発的に売れて短い黄金期を作り解散、
昔々のグループサウンズ黄金時代、ザ・タイガースの
全盛期もわずか3~4年。

そもそも「アイドル」とはそういうものだったのです。
大きく眩しく輝き、その輝きに反比例して短期間で消える。
その代わりにその時代を代表する楽曲を残す。
子どもからおじいちゃんおばあちゃんまでが知っている
曲が残る。


1997年デビューのKinKi Kids の「硝子の少年」は、
まさにそういう曲だったといえるでしょう。

たとえば今、嵐の曲は全世代に知られているでしょうか?
そうして、「硝子の少年」を遺したKinKi は、その大きな
輝きとともに解散してもよかったのです。


その後の楽曲
「愛されるより愛したい」(1997年)
「ジェットコースターロマンス」(1998年)
「全部だきしめて」(1998年)
「HappyHappyGreeting/シンデレラ・クリスマス」(1998年)
「やめないでPURE」(1999年)
「フラワー」(1999年)
「雨のMelody/to heart」(1999年)
本当はここまで、と言いたいのですが、
2001年の
「ボクの背中には羽根がある」は、ある意味、
この頃のKinKi,ではなく、光一さんに似合いすぎる曲
であるがために捨てがたく、この時期までをKinKi の
アイドルであった時期としたいと思うのです。


この曲が光一さんの「ソロ曲」であったら彼は絶対に
歌わなかったと思われ、KinKi としての楽曲であったために
世に出たと思うからです。
まあ、それはともかく、
18歳でデビューして、20歳過ぎまで、この頃のKinKiは
「硝子の少年」や「PURE」や「羽根」が似合うアイドルでした。


・・・・しかし、その後は、それぞれが目指すものも異なり、
次第に「ソロ活動」が増えて、KinKiの楽曲も変化していきます。
年齢と共に変化するのは当然ですが、「解散」はなく、
今もKinKi Kidsは存在し続けています。
ここ数年、歌番組でKinKiが歌うのは「硝子の少年」ばかり
でこれでは「懐メロ」歌手だ、と言ってきたのでしたが、
ふと、これでよかったのだ、と思ったのでした。


かつてのKinKi Kids はここにあって、この頃のKinKi
にはもう戻れない、いわば、この曲のために「再結成」
してるようなもの、と思えばいいのだ、と。
今のKinKiは全く別のもので、ただ私には昔のフィルターが
かかっていて、今のKinKiをおそらく普通にみることができない。
普通に見たらどう見えるのかちょっと知りたい気はします。
・・・・あの頃は、やはりKinKiも好きでしたよ。
光一さんが一番でしたが、やはり好きでした。
全世代に愛された楽曲を持つ最後のアイドルかも
しれませんね。
だから、その曲を大切にする、それもいい、と思います。

「やめないでPURE」
とタイトルを書くだけで、踊っているシーンが蘇ってきます。
「フラワー」も
「雨のメロディー」も。
KinKiは私にとっても最後のアイドルでした。

もう今は存在しないアイドルです。


・・・・・今。2015年秋。
来年の光一さんは、どこに一歩を踏み出すのだろう?
ワクワクしながら待っています。

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